国境を越えると必ずしなければいけないことがある。

「現地通貨の調達」だ。

大きな国境の場合、国境にATMや両替屋がある。
僕たちが通る国境は、小さな国境が多く、何もないパターンが多い。

多少進めば街があるので、そこで現地通貨を調達していた。

しかし、セルビアでは全くATMが見つからなかった。
街で聞いてもココにはないという。

ATMがある街は、大分迂回しなければならない。
次の街には…?

ない。

そして、徐々に焦ってくる。
「このままなかったら、宿にも泊まれない」
(((((((( ;゚Д゚)))))))

そして、街の気配がなくなる。

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キレイな湖を横切る(まだ余裕アリ)

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ダート道突入(余裕が…)
(((((((( ;゚Д゚)))))))

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完全に余裕がなくなる(笑)
ちょっ!これどこ行くんだ!?
(((((((( ;゚Д゚)))))))

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ダート道を抜けると、セルビアが見渡す限り何もないことに愕然とする。

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お金もないし、野宿かな。
でも、ドルがあるから、交渉したら何とかなるか。
そんなことを思いながら、目星をつけていたキャンプ場に到着する。

だ!!!
が!!!

キャンプ場らしき施設が閉まっている。

(((((((( ;゚Д゚)))))))ォィォィ

お金も宿もない。八方塞状態。
藁をもすがる思いで、キャンプ場の前の民家を訪ねる。

「キャンプ場のオーナーに電話してくれませんか?」
幸い、キャンプ場の看板に電話番号が記載されていた。

これまた、英語が通じないので、イレギュラーな質問をするときは本当に大変だ。
何とか電話してもらえたが…。

「電話にでんわ」
(((((((( ;゚Д゚)))))))

そ、そんなぁ…( ̄■ ̄;

最終手段、ここら辺で野宿して良いか訪ねると、

「ダメだ」
(((((((( ;゚Д゚)))))))ガーン!

「旅行者に野宿させる訳にはいけない」
(((((((( ;゚Д゚)))))))ガガーン!


とにかく着いて来いという風な展開になった。

こうなれば、なるようになれ。

どこに連れて行かれるのか不明なまま、車に誘導され、あり得ない斜度の激坂を下り、川のほとりに出た。

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ふむふむ。
安全な野宿場所を教えてくれたのか?

いや、こっちだ。

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あぁ、ここの芝生かー。
この斜面で寝るのはしんどそうだな。

その奥だ!

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庭広すぎる!!!
おっちゃん何者!?
僕たちはおっちゃんの別荘に案内されたのだ。

ベッドルームが2つもある別荘、状況を理解するのに時間がかかったが、とにかく、ここに泊まって行けと言うことらしい。

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いつもよく思う。
見ず知らずの旅人になぜココまで親切にしてくれるのだろうか。

「ヒトは困っているヒトを見捨てることができない。」

肌の色、国、種族が違ったとしても、ヒトはヒト。
ヒトの本質は「助け合い」なのだと痛感させられる。

ボスニア・ヘルツェゴビナやセルビアで現地の方と話している(英語が通じないのであの手この手で何とか会話する状態)と、決まってこの話が出てくる。

「日本や日本の自衛隊には本当に感謝している。我々の窮地のときに助けてくれた。今、君たちに感謝を言えて本当に良かった。」

日本がボスニアやセルビアに何の援助をしたのか、皆目検討がつかなかった。話の内容から調べてみると、こんな出来事があったようだ。

「ボスニア、セルビアを中心としたバルカン半島で2014年5月中旬から、過去120年で最悪となる集中豪雨(3日間で3ヶ月分の雨量)および大規模な洪水が発生。死者47人、被災者はセルビアだけで60万人に達し、国内のほとんどの農地が壊滅状態になるなど、大変な被害を受けた。」

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この際、日本から迅速に自衛隊が派遣され、救助活動を行うと同時に、多額の寄付金(募金)が集められたようだ。とくに、Yahoo! JAPANが運営する「Yahoo!ネット募金」において、インターネット上で「今こそセルビアに恩返しを!」の声が広まり、海外支援において過去最高の総額1億7千万円以上の支援になった点が多数の記事になっていた。

日本も地震で幾度も窮地を味わい、数多くの国によって助けられている。セルビアという小国でありながら、震災後7ヶ月時点で世界で第5番目、ヨーロッパで一番多くの義援金を送ってくれていたのだ。メディアが取り上げないと、本当に情報って分からないなって改めて思う。

見落としがちな点が1つ。
自衛隊の活動だ。
現地の方は、寄付金よりも自衛隊の活動がとくに印象に残っているようだった。メディアが取り上げるような情報でもないので、実態は分からないが、現地の人の話しぶりから見ても、きっと、他の国以上に献身的な活動したのだろう。行って見て初めて知った日本の貢献って、本当に多い。

僕たちの旅の道中は、助けられっぱなしだ。
助けられている理由の1つに日本の貢献があるんじゃないかなと思う。直接助けてもらったヒトに恩返しはできないけれど、別の形でヒトを助けていければ、「助け合い」の螺旋は続く。税金を払うことだって、助け合いに続くのだ(年金払っています)。


最高の景色と最高の別荘をありがとう!

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2016 / 02 / 07 | Category : セルビア  | comments(0) | 
「ラキヤ」と呼ばれるブランデーをご存知だろうか?

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▼ ラキヤとは
ラキヤは発酵させた果実(プラム、リンゴ、アプリコット、モモ、アンズ、ナシ、サクランボ、イチジク、クルミ、グレープや特別なハーブ)から作られる蒸留酒であり、バルカン半島諸国で一般的に生産・飲用されている。通常、ラキヤのアルコール度数は40%程度であるが、自家製のものではより度数の高いものもあり、50~60%程度である。セルビアやブルガリアでは、複数の果物を混ぜ合わせたラキヤもある。別名、トラパ、グラッパと呼ばれる地域もある。

グラッパといえば、僕が住んでいた大阪にも「カタシモワイナリー」というワイナリーがあった。日本でグラッパを製造しているところは、本当に少ないだろう。
テイスティングやワイナリー見学も開催しており、楽しそうだ。

  

東欧には、庭で育った果物を発酵・蒸留し、「自家製」ブランデーを作る文化がある。ワイン作りより蒸留工程があるため難しく、自家製ラキヤはアルコール度数がかなり高いので、数回蒸留を繰り返している可能性もある。きっと、ラキヤ作りは1年のイベントの一つに違いない。大阪の家庭にたこ焼き器があるように、セルビアの家庭にはラキヤ製造装置(発酵・蒸留器)があるのだ(笑)

いやー、面白い。

ラキヤを振舞うことは、セルビアでは歓迎の意味を表すだけでなく、長生きや健康に良いとされている。


セルビア走行中、キャンプ場の場所を聞こうと民家を訪ねたとき、英語が少し喋れる陽気なおじいさんと仲良くなった。相当陽気。なんてったって、ラキヤ飲み中(笑)

キャンプ場まで連れて行ってもらい、チェックインし、テントを張り、おじいさん宅に戻る(笑)「まぁ、うちに来い!」から始まり、セルビアのこと、日本のこと、仕事のこと、趣味のこと、旅のこと…、色々喋った。パソコンのレクチャーも少々。

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ケーキを食べ、コーヒーとラキヤを飲みながら。
小さいショットグラスの中身がラキヤ。優雅なひと時だ。

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ラキヤはほんのり甘くて、フルティーな香り。
もちろん、おじいさん手作りの自慢のラキヤ。
おじいさんの家では庭で育った果物(複数)を発酵させて、自分で蒸留しているらしい。蒸留装置もみせてもらった。クロアチアのワイン飲み放題のホテルと同じような感じだ。
⇒ これがホントのB&B!クロアチアのワイン飲み放題のホテル

セルビアではラキヤは歓迎の意味もある。
グッといかねば。
(((((((( ;゚Д゚)))))))

喉が燃える。
アルコール度数60%はあるらしい。
グッといく。
(((((((( ;゚Д゚)))))))

頭が回る。
歓迎なのだ。
致し方ない。
キャンプ場は目の前、何とかなる。

ラキヤはウォッカ(40%)よりもはるかに強烈だった。
こういう出会いが本当に嬉しく、おじいさんと奥さんとの楽しい時間が過ごせた。ボスニア、セルビアは過去に悲惨な出来事があった国だが、ヒトは本当に良い。悲劇を乗り越えたヒトは芯が通り、器が大きくなるのだろう。

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明日はココでテントを張ればいいじゃないか?と言われたが、明日もラキヤ漬けになりそうだったので、丁重にお断りした(笑)

すると…。
これ、お土産にあげる。

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ショットグラス3~4杯が精一杯だったラキヤが700mLも手元に転がってきた。
(((((((( ;゚Д゚)))))))ォィォィォィ

きっと、お酒好きのヒトだったら、お金を払っても欲しい代物だろう。各家庭によって、材料も蒸留加減も違うため、味も香りも風味も異なるオンリーワンのお酒だからだ。700mLのラキヤを作るのに、どれだけ多くの果物を使い、蒸留に時間を費やしているかと考えるだけでも大変な作業だ。

あまりお酒の飲めない僕たちには勿体無い代物だ。

こっそりイスの下に忘れていく作戦を敢行した。

帰り際、奥さんが
「ラキヤ忘れているわよ」
とにっこり笑い、手渡してくれた。
(((((((( ;゚Д゚)))))))

このラキヤは、その後6ヶ国100日間行動を共にしたのであった。
(色んな人と共有しながら、美味しく飲み切りました^^)
ありがとうございました^^

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2016 / 02 / 13 | Category : セルビア  | comments(0) | 
再会と言えば…、このブログで度々登場してくれる「りゅうさん」だ!アフリカで別れ、次会うのは日本だろうと思っていた。

これまでの「りゅうさんと僕たちの再会歴」をまとめておこう。

① カッパドキア付近で偶然出会う(トルコ)
⇒ 変な自転車みーつけた

② イスタンブールで再会(トルコ)
⇒ イスタンブールで自転車屋巡り マラソンプラスの大捜索

③ ンカタベイで再会(マラウイ)
⇒ 三度目の再会 迷ったときの選択方法

④ マラウイで二度目の再会(マラウイ)
⇒ 四度目の再会 2人より3人

⑤ ザンビアの路上で一瞬の再会(ザンビア)
⇒ バスという選択肢 アフリカのバスは裏切らない

⑥ カサネで計画的に再会(ボツワナ)
⇒ 六度目の再会 史上最軽量級サイクリストの悩み

⑦ 南アフリカで念じれば感じられる距離(南アフリカ)
⇒ 一気にケープタウン 快適移動と7度目の再会!?


ここまで来ると、「すごい」を通り越している気がする。

そして今回、セルビアの首都「ベオグラード」で滞在しているときの話。


何気なく、「りゅうさんどこやろなー」とメールしてみると。

りゅうさん「ベオグラードに今日着いたわ」

えっ!!マジで!!!
(((((((( ;゚Д゚)))))))

僕たち「僕らもベオグラード(笑)」

もう笑うしかない。

僕たち「宿は?」
りゅうさん「動物園の近くかな」

その場所、今日通ったし!!
僕たちは引き寄せられる運命なのだろうか?


世界は広いようで、実はとても狭いのかもしれない。

いや、広い!!
(((((((( ;゚Д゚)))))))

しかも、お互い機動力の乏しい自転車で。


ということで、翌日会うことに。

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8度も再会すると、お互いの対応がビックリするほど「雑」になっていた(笑)近所の友人と会うかのように、再会するのが当たり前かのように。

全くをもって当たり前じゃない!!
すごいことなんだけど、当然な雰囲気だった。
アフリカで別れてから2ヶ月しかたってないからかもしれない(笑)

きっと次も会えるに違いない。
9回目は必ずある。

そう思わせる再会だった。

僕たちは世界を東へ、りゅうさんは世界を西へ、次会えるのは困難かもしれない。
しかし、僕らの別れ際の挨拶は
「次はタイかなー?(ニヤリ)」


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2016 / 02 / 15 | Category : セルビア  | comments(0) | 

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