春節(しゅんせつ、チュンジィエ)とは旧暦の正月である。
2018年は、2月16日からが春節だ(2017年は1月28日)。
春節は中華圏で最も重要とされる祝祭日であり、新暦の正月に比べ盛大に祝賀され、中国のみならずシンガポール、ベトナム、大韓民国などの中華圏国家では数日間の祝日が設定されている。この時期に帰省する人の多さを「民族大移動」と揶揄(やゆ)するほどの年中行事となっている。中国では30億人が帰省すると言われている。

実は、日本もかつて「年越し」といえば、旧正月のことだったが、明治維新後、政府が太陰暦を太陽暦に変えてから、元旦に正月を迎えるようになったのだ。
年賀状に”新春”と書くことに、冬なのに…、と違和感を覚えていたが、旧暦の名残だったのかと理解できた。
ちなみに、太陰暦は、月の満ち欠けの周期を基にした暦(旧暦)で、太陽暦は地球が太陽の周りを回る周期(太陽年)を基にして作られた暦(新暦)である。

ふとした疑問が…。
なぜ、太陰暦と太陽暦では正月の時期が違うのか?
なぜ、春節は毎年実施される日が異なるのか?

太陰暦と太陽暦の日数が異なる


moon.jpg

太陰暦(旧暦)は、月の満ち欠けのサイクルに基づいて1カ月を定めている。
そうすると1カ月が約29.5日になり、1年間は29.5日×12カ月=354日となる。
一方、太陽暦(新暦)は、1年365日であり、太陰暦と比べて10日ほど多いのだ。

この日数差を埋めるために、太陰暦では3年に一度「閏月(うるうづき)」を設けて、1年を13カ月とする年を設けて調節している。
それゆえ、春節の日付は毎年変動するのだ。


なるほど~。
暦って、予想以上に奥が深そうだ。
今まで使われたことがある暦は、Wikipediaによると…
ユリウス暦、グレゴリオ暦、フランス革命暦、スウェーデン暦、ソビエト連邦暦、エジプト暦(シリウス暦)、コプト暦、エチオピア暦、パーシ暦、イラン暦、インド太陽暦、シク暦、修正ユリウス暦(正教会)、十二気暦、世界暦、13の月の暦

何やら自己主張の強そうな国々が独自の暦を作ろうと切磋琢磨したのだろう。
現在の世界基準として、太陽暦が採用されているのは、最も「誤差」が少ない暦だったからだろうな。
と思う。

太陽暦の誤差は4年に1度の閏年(2月29日)の1日だけで収めることができた。
正確には400年に97回らしい。
太陰暦なんて、3年に1度、月が増えるとか…。
なかなか大変そうだしね(笑)
じゃぁ、スタートがなぜ1月1日なのか?

1月1日が「1月1日」の理由


この疑問はよく分からないかもしれないけど、1月1日って、どうやって決まったのかが知りたくなってきた?
気になって仕方がない(笑)

国立天文台に答えらしき回答があった。
⇒ 質問3-7)1月1日はどうやって決まったの?

結論として国立天文台はこう回答している。
「いろいろな変更を経ながらも現在まで続いてきたという、長い歴史的経緯で決まったものです。天文学上の理由があって「1月1日をこの日とする」と決めたものではない」

((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

逃げたな。
長い歴史的経緯で決まった。
天文学は関係ない。
逃げたな。


僕の予想は、冬至(最も昼が短い日 12月22日頃)の次の月を1月1日(年始)にしたかったのだと思う。
日中の時間が最も短い=生産性が低い=悪いイメージ
冬至の次の日からは日中が長くなる=良いイメージ
リスタートの年始にぴったりじゃないか。
と言うのが、僕の結論。


おそらく、暦は対症療法で微調節されてきたので、正確な答えがないのかもしれない。
太陰暦で進めていったら、季節がズレてきた…。
どうしよう…。
1ヶ月増やしてしまえ。的な。
実は暦も時間も適当なのでは?と思えてきた。

そもそも時間って、何だ?

時間の正体は基準


全ては基準を決めたことにより、時間が出来た。
どう基準を作ったのか。
1回太陽の周りを地球が公転すると、1年。
それを12分割したものが月。

1回の地球の自転が1日。
それを24分割したものが時間。
それを60分割したものが分。
それを60分割したものが秒。

おぉぉ。
古代エジプト人は「12」という数字が好きだったに違いない。
全てが12で割れるように設計されている。
12が特別な数字だったのは、当時の暦が太陰暦に近いものが用いられており、1年が12回の月の満ち欠けで出来ていると理解しており、ものごとの区切りとして、12という数は非常に重要だったわけだ。
時間がなかった時代に時を作ろうと基準を考えた人…、すごすぎる。
まさに時の人!!

世界の生活の根幹を変えるような基準作りって、何があるのだろうか…。


このブログ始まって以来の大脱線かもしれない。
まさか、春節の内容を書こうとして、暦と時の話になるとは…。
そして、春節の内容を全く書いていない…(苦笑)
自分で書きながら呆然としている。

何気なく生活している、この「時」も全ては基準に支えられているのだな。
と感じた話でした。
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2018 / 03 / 12 | Category : 中国  | comments(0) | 

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